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2008年の就職活動が年末にかけてこれからどんどん盛んになってくる時期ですが、ここで僕の時代の就職活動をちょっとご紹介しておきます。 1981年ですからちょうど25年前(昔過ぎて怖いな・・・)でした。当時は今時の就職サイト(リクナビ・毎ナビなど)は当然無く、わけ分からない怪しげな日本リクルートセンター(現リクルート)が発行していたリクルートブック(超分厚い本・タウンページが10冊束になったようなもの)が大量に何回かにわけて送られてきていましたね。当時の学生には日本リクルートセンターはほとんど聞いたことも無く、単に就職雑誌を出版している中小企業というのが一般的なイメージでした。それでもリクルートブックは大変便利で関心のある企業には学生は一生懸命返信用の別冊のハガキにアンケートを書き込み送付していました。とにかくすべてがアナログの時代だったわけです。就職解禁も10月1日から選考開始で横一線でした。ただし青田買いは当然ありましたよ。僕なんかは誰よりも早く5月の連休明け頃から就職活動をしていたと思います。 とにかく就職活動が楽しくて仕方なかったのよ。黒い小さな就職活動専用の手帳を持ち歩きスケジュールを片っ端から埋めていくのが楽しかった。当時リクルートブックがあったけど僕は全く見てなかったのよ。参考にもしなかった。僕がいきたいと思った興味のある会社は自ら先輩や新聞、雑誌、ニュースなどのソースをもとに探し、場合によっては直接、店舗や支店・営業所に行って生の情報を集めていました。 今の時代のように待ってりゃ勝手にWEBーDMが届くなんてこと無いんだから動いた者勝ちなわけよ。だから足で稼いで確かな情報を得る。徹底的にやる、それだけでしたね。リクルートブックなどの就職情報誌に載ってない会社にも勝手に訪問する。自分が関心あるからという理由でお構いなしに人事にアポを取り面接してもらう。そんなことを夏休みも関係なく延々とやっていたので(たぶん大学では僕が一番活動していたと思うわ。実際うわさが広まっていた模様) だから当時では珍しく内定が7社ぐらいもらえたと思う。その中の1社がリクルートだったわけです。実はリクルートはハナッカラ入社する気は無く、当て馬でした。とにかく当時もリクルートの採用活動は学生の中では異質で際立っていたね。セミナーや面接の旅費はすべてタダ、しかも日当までアルバイトとしてもらえる。田舎の学生にはむちゃくちゃおいしいわけですわ。東京や大阪に遊びに行くためにリクルートの人事にアポイントを取るなんてことを平気でやってましたわ。入社する気はないけどポーズだけとって旅費はタダなんてね。 ところが会ってみると面白い会社なんですよね。リクルートは!面接していると当時は珍しいでしょう、社内放送で「大型受注のおめでとうアナウンス」や「◎時◎分に◎◎さんに元気な男の子が生まれました!」なんてのが面接中にばんばん流れる。結構そういうのが僕の琴線に触れたんだろうと思うな(営業とか競争がたぶん無茶苦茶好きなほうやったと思うからね)。受付嬢も超美人で、田舎者の学生にはたまらんかったね。そんなんでじわじわと外堀を埋め逃げ道やいいわけを封じられ知らないうちにリクルートに決めてしまっていたという感じですわ。 結局、リクルートに入社して大正解だったと思いますね。他に内定をもらっていたのが大手金融機関など真面目な会社だったのでたぶん早い段階で懲戒解雇になっていたと思いますわ。 まあ振り返って見ると就職活動はあっという間に終わっちゃうんだけど結構自分でもしっかりと自己分析や適性を鑑みながら判断しとったな・・・とちょっと感心しますね。自分の強み(持ち味)を如何なく発揮しとったね。自由奔放に就職活動をやっとったという感じですわ。自分の強みを知っとるというのはほんま大事なんよ。 というわけで次回は、世の中どっちかというと「勝てる就職活動の秘訣」というパターンが多いけど僕の場合は「就職活動に勝つための自己変革」、早い話が自分を磨かないとダメということ。次回にご期待くだされ!!
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